生とは私達がこの世に「生きている」という事です。 人の生き方には、様々な生き方が有りますがどんな生き方が素晴らしいのでしょうか? たった一度の人生、一本の木、小さな草でも時期が来れば花を咲かせ見る人の心を楽しませそして癒してくれやがて実を付けて自分を完成させます。「虎は死して皮を残す」それに比べて私達は一生の間、何もせずに大切な時間を送ってしまう事が多いのではないでしょうか?そこで一つ提案が有ります。 私達の限られた寿命と言うか一生は、一説には「四万六千日」と言われているそうですが、この所以は観音信仰からくるものです。 何故なら全ての動物は、成長期の六倍を生きるのが「定命」とされるそうです。 人間は個人差が多少有ると思いますが、二十一歳まで成長するそうですからそれの六倍で百二十六歳ということになります。 それでは人間は何故「定命」まで生きる事が出来ないのでしょうか? それには色々な要因が有るでしょうが今、環境問題やら世界中の人達が直面している文明科学の発展の裏にある副産物が多分に影響して居る事でしょう。 昨今では毎日のように、テレビや新聞で子供が親を殺害するその他多くの殺人事件が報道され人命が軽視されているように思われてなりません。 其の問題は少なからず、道徳教育の欠如が大きな問題になっているのです。 そこで一つの提案ですが、仏教の目的とは何でしょうか? 簡単明瞭な答えでは「成仏」を目的とする事だと思います。 仏教とは「仏になる教え」と実に明瞭な答えだとおもわれますが「成仏」と言うと死ぬ事とか亡くなるといったイメージを連想し、同様に「仏」という言葉も死を意味するように思われますが、基本的にはサンスクリット語のブッタ(覚者とか 悟った人)という意味で仏陀が省略された言葉です。この混沌とした時代にこそ 自分を生かす事は、世の中のためになること誰かが言いました「一日一善」を心にそんな心が素晴らしい人生にそして「生」に完成するのではないでしょうか?                         ( 合掌 )